エルトン・ジョンは、1947年3月25日、イギリスのミドルセックス州ピンナーに生まれる。本名はレジナルド・ケネス・ドワイト Reginald Kenneth Dwight。名前からして堅そうだが、彼の家庭もまたその名に負けず劣らず厳格だった。
4歳よりピアノを始め1958年には王立音楽院(ロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージック)入学。その後はバンドブルーソロジー/BlueSologyに参加し、ロング・ジョン・ボルドリーのバックバンドなどで活動。
エルトン・ジョンという名は、ボールドリーのジョンとサックス奏者エルトン・ディーンの名からとったもので、のちに本名もエルトン・ジョンに改名してしまった。
70年代だけでも、全米NO1ヒット6曲、ミリオン・セラー11枚、全米NO1アルバム7枚、ゴールドアルバム15枚という名実共にスーパー・スター。
80年代後半〜90年代は、喉の病気やアルコール・薬物依存症などに苦しみながらも、音楽活動と並行してチャリティーにも精力的に取り組むようになる。
1997年に発売されたシングル「Candle In The Wind 1997/Something About The Way You Look Tonight」がビルボードのHOT 100とシングルセールスチャートで14週連続1位を記録し、全世界で3500万枚を超えるシングル史上最大のヒット曲となる。この記録は2006年4月現在も破られていない。ギネスブックにも認定されている。
もちろん「風の中の火のように」は、あのダイアナ皇太子妃の追悼歌として録音された曲だが、もとはといえば彼の最高傑作と言われるアルバム「グッドバイ・イエロー・ブリックロード」の中で、マリリン・モンローを追悼する歌として挿入されていた曲だった。
1997年12月30日、母国イギリスに於いて、音楽活動、慈善事業への貢献によってナイトの称号が与えられている。1984年にドイツ人女性と結婚したが、4年後に離婚。2005年、イギリスの法改正により男性の恋人と再婚。
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